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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)3503号 判決

当事者

別紙のとおり

主文

1  被告は原告ら各自に対し、各金一〇〇万円及びこれに対する昭和四九年一二月二二日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  この判決は、仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

主文第一、二項同旨

並びに仮執行の宣言

二  被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  原告の主張

一  請求の原因

1  被告は、ゴルフ場の建設、経営を主たる目的として、昭和四八年四月一九日設立された株式会社である。

2  原告らは、昭和四八年三月ごろより黒駒ゴルフ倶楽部の会員募集をした被告に対し、同年六月五日より同年七月二六日までの間、同倶楽部正会員資格保証金(以下「入会金」という。)として各自一〇〇万円を、被告において左のとおりゴルフ場を建設し、原告らをして優先的にこれを利用せしめる約定のもとに預託した。

(一) コース名称  黒駒ゴルフ倶楽部

(二) 建設用地  山梨県東八代郡御坂町下黒駒桐ケ尾若林地区

(三)コース  一八ホール

(四) 土地面積  約二七万坪

(五) 工事計画

県認可及び着工 昭和四八年八月

土工事完成 昭和四九年二月

芝張工事 同年三月

完成 同年七月

開場 同年一〇月

3  しかるに、被告は右約定に反し、未だ県認可さえもえず、したがつて、工事も未着工の状態であるのみならず、認可に必要な用地も未買収同然で、ゴルフ場開場の見とおしも立たない状況である。しかのみならず、被告会社は昭和四九年以降全く業務を停止し、従業員も全員退職し、会社は事実上解散してしまつている。その事情は、以下のとおりである。

(一) 被告会社は、本件ゴルフ場の建設、経営を企画して設立されたものであるが、当時、同社はゴルフ場用地の用意もなく事業資金の準備もないまますべて入会金でまかなうこととし、専ら入会金のみを当てにして会社設立と同時に会員募集を開始した。

(二) 被告は、昭和四八年三月三一日付作成の土地利用事業計画書なるものを同年四月九日、本件ゴルフ場コース建設予定地である御坂町に提出したが、その内容が具体性を欠き不十分なものであつたところ、同年七月初旬、ゴルフ場建設の規制に関する山梨県条例が公布され、同年八月一五日これが施行された結果、改めて県当局の認可を得ることが必要となり、その手続に則り、被告は同年一一月二九日ゴルフ場等造成事業事前協議書を御坂町に提出し、同町より山梨県甲府林務事務所まで回付されたが、本件ゴルフ場建設予定地(総面積一〇七四、九七三、四八六平方メートル)内には三二二、二二五、二六九平方メートルにわたる保安林が含まれているため問題となり、右申請書類は同月中に同事務所より返戻されてしまつた。

(三) 山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例、同施行規則及び同運用基準によると

(イ) ゴルフ場用地面積は、総面積の五〇パーセントを樹木地帯かつ自然林として残せる面積であることを要する。

(ロ) (イ)が不可能のばあい、樹林地帯は四〇パーセントまでは可とするも、後刻一〇パーセントは植樹すること。

(ハ) 各ホール間に、二〇メートル以上の樹林地を設けること。

(ニ) 保安林は、これらに入れてはならない。

(ホ) 農地は、全面積の二〇パーセントをこしてはならない。

こととなつている。

このような条件からすると、一八ホールのゴルフ場建設のためには約一〇〇万平方メートル以上の広さの用地を必要とするところ、本件建設予定地における前記保安林の指定解除も全く不可能とみられるうえ、右予定地帯には所定の条件を充たせるだけの買収可能の土地がない。

(四) しかるところ、被告が現在までに本件建設予定地内で取得した用地は、わずか一九、八〇〇平方メートルにすぎない。

(五) 他方、被告は、募集予定一二〇〇名のところ僅かに一七八名の会員を募集したにすぎず、会員募集により収受した入会金の総計は一八、六九〇万円にすぎない。そして、地方公共団体のゴルフ場規制の強化に伴う当局の行政指導により、被告は昭和四八年七月二〇日以降一切の会員募集を中止せられ、入会金収入の見込みは全くなくなつた。被告には他にゴルフ場建設資金の準備は全くない。

4  右のような事情により、結局、本件ゴルフ場建設は不可能となつた。したがつて、被告は原告らとの間に取り交わした前掲2の約定の履行を遅滞したのみならず、履行そのものが不能となつた。仮りに、そうでないとしても、前記契約時に当事者双方において認識された事情がその後変更されてしまつたものであるから、前記契約は、到底これを維持することはできない。

5  そこで、原告らは被告に対し、昭和四九年一二月二一日到達した内容証明郵便をもつて、被告の履行遅滞及び履行不能及び事情の変更によりそれぞれ前記2の契約を解除する意思表示をした。

6  よつて、原告らは被告に対し、各自一〇〇万円及びこれに対する右契約解除の翌日たる昭和四九年一二月二二日以降完済まで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める。

二  抗弁に対する認否〈省略〉

第三  被告の主張

一  請求の原因に対する認否〈省略〉

二  抗弁

1  原告らが被告に対して納付した入会金は、約款により受領後七年間は被告に対して返還請求をすることができないこととなつている。したがつて、原告らにはまだ入会金の返還請求権は発生していない。

2  被告は、前記一、4掲記〈省略〉のようにゴルフ場の建設に取組んできたが、昭和四八年秋以降のいわゆる石油シヨツクで日本経済における金融事情の悪化、物資不足、値上げ攻勢による造成費等の高騰等予想以上に経済状況が悪化した。加えて、会員募集を開始した数か月後には、全国初のゴルフ場規制条例である山梨県ゴルフ場造成事業の適正化に関する条例が施行され、ゴルフ場建設の規制が厳格化され、保安林に対する解除措置も厳格となるに至つた。このように、被告の責に帰すべからざる事情により、本件ゴルフ場建設の事業遂行が一時中断のやむなきに至つたものである。

第四  証拠〈省略〉

理由

一請求の原因1及び2のうち、原告らが昭和四八年六月五日より同年七月二六日までの間に、被告に対し黒駒ゴルフ倶楽部の入会金として各自一〇〇万円宛を預託した事実は、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、以下の事実を認めることができる。被告の行つた黒駒ゴルフ倶楽部の会員の募集は、訴外株式会社寿ゴルフサービスがこれを代行したが、その際右訴外会社は黒駒ゴルフ倶楽部なるパンフレツトを作成し、応募者にこれを示して入会を勧誘したこと、右パンフレツトの記載内容はすべて被告の指示に基づいて作成したものであるが、その内容として請求の原因2(一)ないし(五)のとおりの記載が見られることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、黒駒ゴルフ倶楽部会員の募集に当たつては、訴外株式会社寿ゴルフサービスの係員は被告の指示に基づき、原告らに対し請求の原因2(一)ないし(五)記載のごとき条項を示して入会を勧誘し、原告らもまた右条項を了承してこれに応じて入会したものと認められる。したがつて、原告らと被告との間には、右条項を内容とする黒駒ゴルフ倶楽部入会契約(以下「本件入会契約」という。)が成立し、原告らは被告に対し右契約に基づき入会金として各自一〇〇万円宛を預託したものである。それゆえ、被告は原告らに対し、右約契によつて定められたゴルフ場を約定の期間内に建設、開場して、原告らにこれを優先的に利用せしめる義務を負うに至つたものと解すべきである。

三ところで、本件ゴルフ場建設についてはまだ県の認可を得るに至らず、工事の着工もされていないことは、当事者間に争いがない。

そこで、以下に右の経緯について検討する。

1  請求の原因3、(二)の事実は、当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告会社は、その設立後昭和四八年九月ごろまでの間訴外三谷某が代表者として本件ゴルフ場の建設計画を実行すべく、まず用地の買収等用地の確保にとりかかつた。被告会社は当初、用地として約六六万平方メートルを確保すれば足りると考え、その従業員である訴外三井正敏らをして土地所有者らとの交渉に当らしめたが、三谷の前記在任期間中は殆んど一筆の土地をも確保することができなかつた。

(二)  被告会社は、昭和四八年九月ごろより前記三谷に代つて現代表者である訴外江守敏彦が代表者となつた。江守は、本件ゴルフ場建設のため銀行よりの融資を企てたがかなえられなかつた。しかし、江守らはすでに入会者より徴収した入会金により約一九、八〇〇平方メートル(約六〇〇〇坪)の土地を取得し、約八二、五〇〇平方メートル(約二五、〇〇〇坪)の牧場につき代替地取得に必要な資金として六五〇〇万円をその所有者に支払つた。そして、請求の原因3、(二)のとおりゴルフ場建設の規制に関する山梨県条例が昭和四八年八月一五日に施行され、その結果、建設されるべきゴルフ場には総面積の五〇パーセントの緑林地帯を確保しなければならないこと。その他の規制が加えられるに至つたため、被告は、本件ゴルフ場建設予定地域の一部の地区住民との間にゴルフ場建設等に伴う災害防止等についての協定書を取り交わすなどしたうえ、同年一一月二九日ゴルフ場等造成事業事前協議書を御坂町に提出した。その際、前記のごとく山梨県条例の施行により所定の面積の緑林地帯を確保しなければならなくなつたため、被告は新たにコース建設用地内に三二二、二二五、二六九平方メートルの保安林を含めて造成事業計画書を作成、提出したものである。

(三)  このようにして、被告より提出されたゴルフ場等造成事業事前協議書は、前記のごとくコース建設予定地内に保安林が含まれていたため問題となり、山梨県甲府林務事務所より返戻された。被告としては、この保安林の解除を企図してはいるものの、被告会社の資金の都合上、前記(二)認定以上に用地の確保が進ちよくせず、本件ゴルフ場の完成にはなお数十億の資金を要するところ、被告会社の現在の資金は八〇〇万円位にすぎず、他から融資を受けるあてもない現状で、被告会社は、ついに全く業務活動を停止し、代表者を除いて従業員も全員退職するのやむなきに至り、工事着工の見透しも立たない状況にある。

以上の事実を認めることができ、〈る。〉

四以上認定の事実によれば、被告は原告らとの約定に従つたゴルフ場の建設につき、約定の完成時期を経過して三年となるのにまだ着工はもとより、県条例に定められた当該造成事業計画についての県知事の同意すらも得られず、被告会社もすでに事実上解散したにひとしい状態にあり、今後資金その他の関係から見ても果して何時着工しうるに至るか見透しも立たない状況にあるというのであるから、このような場合には、原告らと被告間の本件入会契約において定められた被告の本件ゴルフ場の建設及び建設されたゴルフ場を原告らに優先的に利用せしめる債務はすでに履行不能に帰したものと解するのが相当である。

五そこで、被告の抗弁について判断する。

1  抗弁1について。

〈証拠〉によれば、黒駒ゴルフ倶楽部会則第八条には、入会金は預託形式とし、七年間据置き以後請求のあつた場合所定の手続をもつて返還する旨の定めがある事実は認めることができるが、右定めは、その規定の内容自体から明らかなように、合意解約の場合の入会金の返還手続を定めたものにすぎず、契約解除に伴う原状回復義務の履行につき制限を設けたものと解することはできない。

2  抗弁2について。

被告の本件ゴルフ場建設工事が進ちよくしなかつた原因は、計画後県条例による規制措置がとられるに至つたこともさることながら、前記三、2、(三)において認定したとおり、専ら被告の事業資金の準備不足によるものといえる。また、県条例による規制措置についても、〈証拠〉によれば、被告が本件ゴルフ場建設計画当時にはすでに他県においても乱開発による災害防止の見地からゴルフ場の建設について規制を加えるという動きが見られていたことがうかがわれるから、被告としても、山梨県においても早晩規制措置がとられるに至るであろうことを予知し、予め右規制に堪えうるだけの余裕をもつた用地を前提とする計画を立てるべきであつたのにこれを怠つた結果、前記条例による規制の対象となつたものである。したがつて、これらの事情を総合して考えれば、被告の前記債務不履行は、被告の責に帰すからざる事由によるものということはできない。

六原告らが被告に対し、昭和四九年一二月二一日到達した内容証明郵便により被告の債務不雇行を理由に本件入会契約解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、黒駒ゴルフ倶楽部の会員は、被告の建設する本件ゴルフ場についての優先的利用権がその主たる享受利益となつてその入会金を被告に預託しているものと認められるから、本件ゴルフ場の建設及びこれを会員に優先的に利用せしめることは本件入会契約における被告の主要な義務内容をなしているものと解すべきである。そして、被告の勧誘により黒駒ゴルフ倶楽部の会員たるべく応募した者は一七八名にすぎないのであつて、まだその運営についての機関も具体的に定まつているとも認められないから、右倶楽部なるものはまだ実体の存しないものと認めるのが相当である。したがつて、原告らのした前記契約解除の意思表示により本件入会契約は解除され、被告は原告らに対しすでに受領した入会金及びこれに対する各受領の時より商事法定率年六分の割合による利息を附して返還すべき義務がある。

七以上の次第であるから、原告らの本訴各請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(宇野栄一郎)

当事者目録〈省略〉

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